尊が最近買い入れたコーヒーメーカーは、自宅ではなく大河内のキッチンに置いてある。すっかり我が家のような顔でくつろぎながら、尊は浅煎りのキリマンジャロを堪能した。
 夜のニュースが終わったところでTVを消し、大河内に向かって問いかける。
「ねえ、大河内さん、来月の8日空いてます?」
「8日……何曜日だ」
「金曜です」
大河内は首を捻った。
「どうかな。直近になってみないとはっきりした予定は判らないが、何かあるのか」
「良かったら一緒に行きません?」
 言いながら尊が差し出したのは、A4サイズのグラビア印刷された冊子だった。
カップをテーブルに置いて受け取る。開くと、すらりとした男性の外人モデルが、スーツやコートを着た写真が並んでいた。服だけのものもあり、ページの端に番号と金額が記されている。
「これは……お前が着ている服のブランドか?」
ラインや色遣いに覚えがある。尊はにっこりと微笑んで頷いた。
「秋冬ものの受注会があるんですよ。大河内さんに見立ててもらえないかと思って」
「お前は自分の好みがあるだろう。別に俺の意見は……」
 カタログを返しながらそう言った大河内に、尊は唇を尖らせる。
「判んないかなあ、一緒に行くのがいいんじゃないですか。で、『どうこれ? 似合う?』みたいな会話を楽しむんです」
「なんだそのノリは」
 思わず大河内は頭を抱えそうになった。お前は女子かと思い、だが尊がやれば妙にハマっているであろう気がして眩暈を感じる。
「だって、学生の頃は付き合ってくれてたでしょ、大河内さん。なのに最近は全然そういうことしてくれなくなったし」
 今度の声音には、どこか拗ねたような響きが滲んだ。
「尊……」
大河内は、2人きりの時だけ使う、下の名前で尊を呼んだ。元々は、そちらの呼び方の方が先だったのだが。
確かに尊が学生の頃は、都合をつけては一緒にあちこち出かけ、尊のショッピングに付き合ったりもしていた。それぞれ大人になってからは、互いの趣味の相違もあり、一緒に服を見る事はなくなっていた。

「―――どこでやるんだ」

 大河内の言葉に、尊の表情がぱっと明るくなる。
「行ってくれるの?」
「都合がつけばな」
「ありがと、大河内さん」
 抱きついて頬にキスをした。
「おい……っ」
 大河内は焦って身体を離そうとする。



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