「―――なあ、いつになったら起きられるんだ?」
もう何度目かになるデスサイズの愚痴に、シュタインは溜め息をついた。
「さっきも言ったでしょう、当分無理ですよ。大体、手術からまだ2日しか経ってないんですから」
点滴の滴下量を調節しながらそう告げる。
デスサイズは左腕に刺さった針を嫌そうに見つめた。死武専の保健室のベッドに全身包帯だらけで横たわって、身動きもままならない状況に、かなりフラストレーションが溜まっているようだ。
(……無理も無いか。じっと大人しくしてるなんて、この人が一番苦手なことだし)
シュタインは胸の中で呟く。
鬼神・阿修羅との戦いに死神様(デス)()武器(イズ)として臨んだデスサイズは、鬼神の攻撃からキッドたちを護ろうとした死神様共々重傷を負って戦線を離脱した。
人ならざる肉体の死神様は程なく復活したが、生身の人間であるデスサイズのダメージは大きく、ひとときは生死の境を彷徨ったりもした。
「俺が寝たきりなのに、なんでお前はピンピンしてんだよ」
デスサイズは唇を尖らせる。シュタインは皮肉に哂った。
「俺は狂気に憑かれただけで、肉体的には何の問題もありませんからね。それより、可愛い後輩が無事に戻って来たんだから、少しは嬉しそうな顔したらどうです?」
「自分で可愛いとか言うな。てか、ぜんっぜんカワイクねーよ」
鬼神の結界が解かれ、無事が確認されたマカに制止も聞かず抱きつこうとしてチョップを喰らい崩れ落ちたデスサイズは、シュタインが駆け寄った時には既に意識を失っていた。マカが戦っている最中は痛みに耐えて気を張っていたのだろう、心配そうに結界を見守るデスサイズの父親の顔を、シュタインは苦く思い返した。
手術室に運び込まれ、シュタインがオペを担当したあとは、死神様のはからいでそのまま死武専で療養を続けている。
「怪我しても減らず口は健在なんですね」
シュタインは、顔をぐっとデスサイズに近付けた。
「俺の処置は完璧です。それでもしばらくは絶対安静なんだから、おとなしくしてて下さい」
底光りするレンズ越しの物騒な眼差しに、デスサイズは息を飲んだ。
「……判った」
ややあって、しぶしぶと呟く。
その返事にシュタインは頷いた。上掛けをめくると、目を細めて包帯に覆われたデスサイズの胸元を見つめる。
「全く、俺に無断でこんな傷を付けられるなんて……」
不機嫌そうな低い声に、デスサイズは思わずびくついた。シュタインの視線が白い布の下に隠された傷跡を辿るように移動する。居心地悪げにデスサイズは身じろいだ。
「し…かたないだろ。相手は鬼神だったんだから……それに、なんでいちいちお前に断り入れなきゃなんねえんだよ」
声が上擦る。
「―――――――俺がいれば、たとえ鬼神相手でも先輩にこんな傷付けさせやしなかったのに」
「シュタイ……?」
「済みませんでした」
シュタインの口調が変わる。伏せられた面から表情が消え、声音には苦いものが混じった。狂気に惹かれて魔女の許へ出奔した自身の行為に、シュタインが抱く葛藤が伝わってくる。
「バーカ、自惚れんな」

デスサイズは笑った。
「死神様でさえヤツには手こずったんだぞ。お前がいてもいなくても、おんなじだったさ。お前のせいじゃねえよ」
そっと手を伸ばすとシュタインの腕に軽く触れる。
「―――よく戻ったな」
シュタインは顔を上げた。見つめるデスサイズの表情は、シュタインには見慣れたものだった。手のかかる後輩を、苦笑しつつも受け入れてくれていた先輩の顔。シュタインの瞳が眇められる。
「先輩……」
「言ってなかっただろ」
「そう……でしたっけ」
シュタインは首をかしげた。
「ああ」
滅多に見られない、幼ささえ感じさせるシュタインの仕草にデスサイズは苦笑を深めた。
「もうひとつ、お前が帰ってきたら一発殴ってやろうとも思ってたけど、そっちはまだ無理そうだな」
「……予約入れときますか?」
「おう、覚悟しとけ」
「怖いな」
笑うデスサイズに釣られるように、シュタインも微笑んだ。見つめ合う視線が絡んで、距離が近付く。ほとんど吐息が触れかけたその時、ドアに軽いノック音が響いた。
「―――どうぞ」
反射的に身体を離して、シュタインは応じた。ドアノブが回り、ゆっくりと扉が開く。二つに束ねた淡い金髪の頭が覗いた。首から吊るした白い布で、右腕を支えている。
「マカ!」
娘の顔を見たとたん跳ね起きようとしたデスサイズは、しかしすぐに苦痛の呻きを上げてベッドに倒れ込んだ。
「パ……パパ!?」
慌ててマカが駆け寄る。
「大丈夫?」
「う……うん、大丈夫、だいじょぶ」
あからさまに引きつった、だが精一杯の笑みを貼り付けた笑顔をデスサイズはマカに向けた。愛娘の前での虚勢の張りっぷりの見事さに、シュタインは舌を巻く。動く事すら辛いだろうに。
「全然大丈夫じゃありませんよ。言ったでしょ、全治3ヵ月だって」
そんな内心を微塵も感じさせず言い放ったシュタインの言葉に、マカの顔色が変わる。
「そんなに……?」
「なにしろ、鬼神から受けた傷ですからね」
唇を噛んで苦鳴を押し殺すデスサイズの腰の下に、シュタインはクッションを当てがった。ベッドに半身を起こして姿勢を支える。デスサイズは息をつくと、また弱々しく微笑んだ。
「大袈裟なんだよこいつ。ホントに平気だから」
「………うん」
マカはコクリとうなずいた。
「博士の手術なら、大丈夫ですよね」
「そっち?」
マカのセリフに、デスサイズが涙目になる。
「君の方はどうですか、マカ」
「あ、私も平気です」
シュタインに問われて、マカは右腕をそっと押さえた。
鬼神との戦いで全員かなりの傷を負ったが、診断の結果、最後の一発を鬼神に見舞ったマカの腕の骨にはヒビが入っている事が判ったのだ。デスサイズの手術を優先したシュタインは、マカの手当てはナイグスに任せたので、容態を直接尋ねるのは初めてだった。
「くっそう、鬼神の奴、よくも嫁入り前の娘を傷モノに……」
「止めてよ、その言い方」
デスサイズは歯噛みしたが、マカから嫌そうに否定されると目に見えてしおれる。
「―――ゴメンな」
「え?」
「死神様と俺とで鬼神を仕留められてたら、マカに怪我させる事もなかったのに」
「パパ……」
マジでヘコんでいるらしい父親に、マカは戸惑いを見せた。
(……俺が言ったのと同じ事を娘に言ってるな、この人は)
シュタインは胸の内で呟く。結局大切な相手に対しては、誰もがたらればでものを考えてしまうらしい。
「それは違うよ。誰のせいとかじゃない。それに、戦いの後のゴタゴタで言いそびれてたけど―――」
マカは首を振った。そして何か言いたそうに唇を開き、躊躇い、また開こうとしてつぐむ。
「マカ……?」
「どうしました?」
2人から問われて、マカは意を決したように顔を上げた。
「あたし……」
「ん?」
「武器を出せた―――かもしれない」
「えっ」
「ホントか!?」
驚愕に縁取られたシュタインとデスサイズの声が重なる。
「うん」
今度は迷いの無い瞳で、マカは父親を見つめた。
「鬼神に攻撃された時、パパと同じ黒い鎌の刃が身体から出て防いでくれたのを……ぼんやりとだけど覚えてるんだ」
デスサイズは呆然として娘を見返す。
「ほう……」
一方、シュタインの瞳は眼鏡の奥で妖しく光った。
「意識して出した訳じゃないんだね?」
「はい。その時はほとんど気を失ってて」
「潜在的な能力が、生命の危機に瀕して発動した―――か。変身能力を持つ魔女の魂が人間に組み込まれた結果、武器は生まれた。頻度の差こそあれ、その血を引く家系に武器の力は顕在する……確かにマカは先輩の娘だ、今までその可能性に思い至らなかったのは不明のそしりを免れないかもしれませんね」
色素の薄い瞳が細められる。
「大変に興味深い。マカ、是非一度君を解剖し」
「ふざけんなてめぇ!」
シュタインの発言に、我に返ったデスサイズが引きつった声を上げる。
「マカに指一本でも触れてみろ、タダじゃおかねぇ」
本気で顔色を変えたデスサイズを、シュタインは軽くいなす。
「判ってます。ちょっと言ってみただけじゃないですか。冗談の通じない人だなあ先輩は」
「お前の場合、冗談じゃすまないから言ってるんだよ!」
「もう、パパ騒ぎすぎ」
当事者の娘は、父親の過剰な反応に眉をひそめた。再びデスサイズは涙目になる。
「マカ、パパはマカのことを思って……」
その時デスサイズの声に被さって、聞き慣れた鐘の音が響いた。
「あ……」
「予鈴か。君がもしまだ先輩と話がしたいなら、担当の先生に休むと伝えておくけど」
シュタインの言葉に、マカはかぶりを振った。
「いえ、行きます。授業をサボるの嫌だもん」
ペコリと頭を下げて立ち去ろうとする娘を、デスサイズは未練がましく見送った。その視線の先で、ドアノブに手をかけたマカの動きが止まる。
掴んだマカの手に、ぐっと力が入った。
意を決したように振り向いたマカの頬は、微かに紅潮していた。眼差しは父親を見つめる。強い意思を表して引き結ばれた唇が、ゆっくりとほどけて言葉が滑り出た。
「………ありがと、パパ」
「え……っ」
デスサイズは固まった。次の瞬間、扉を開けるとマカは、淡い色の髪を翻して振り向かずに出て行った。
「―――先輩?」
シュタインは、マカの姿が消えても固まったままのデスサイズの目の前で手をひらひらさせてみる。はっとデスサイズは我に返った。何度か瞬きをして、半ば呆然と呟く。
「………聞いたかシュタイン、マカが俺にありがとうって……」
「ですね」
「しかも、武器になった……?マジかよ……」
力の抜けた身体が、ずるずるとクッションを滑ってベッドへ沈み込む。告げられた事実を、デスサイズは脳内で反芻しているようだった。
「ちゃんと、俺の血はマカにも流れてたんだなあ」
しみじみと語るデスサイズを、シュタインは複雑な表情で見つめた。
目の前の男の頭の中は今、娘のことで一杯だろう。判ってはいてもその事実に苛立つ。
「―――良かったじゃないですか」
やや皮肉めいた声音で、シュタインは応じた。
「そうだな、良かった……ホントに……」
デスサイズは目を閉じて、深々と息をつく。
その反応に、シュタインは違和感を覚えた。滅多に好意的な評価をもらえない娘からの感謝の言葉、そして自分と同じ武器の血が発現したという事実。シュタインの知るスピリットなら、もっとテンションが上がってもよさそうなものだが。
「意外だなア」
「は?何が」きょとんと、シュタインを見上げる。
「もっと手放しで喜ぶかと思いましたよ、先輩なら。嬉しゲロくらいやりかねないかもって」
「あー……そっか」
言われて、デスサイズは何度か目をしばたいた。
「嬉しいのは嬉しいさ。ただ―――」
そこでデスサイズは言葉を切った。視線を伏せて、しばらく黙り込む。シュタインは辛抱強く続きを待った。
「なんか―――ほっとしたってのが正直なとこかもな」
「ほっとした?」
「ん……」
デスサイズは淡く微笑む。
「俺とマカは親子だ。どんな事があっても、それは変わらない。そう思ったらなんか安心したっつーか」
言葉の真意を告げられて、シュタインは鼻白んだ。聞けばなんのことはない、いつもと同じ娘バカな父親のセリフだ。
(―――俺はこのひとに、何を期待してたんだ?)
「そうですね。でも元々マカは先輩にも似てましたよ。開き直ると強いとことかね」
もやつく胸の内を押し隠して、シュタインはヘラヘラ笑いを顔に貼り付けた。
「だよな」
シュタインの胸中には気付かず、デスサイズも嬉しそうに頷く。
「ちょっと来い、シュタイン」
晴れ晴れとした顔でデスサイズは彼を呼んだ。自由になる方の腕を上げ、指を立てて、ちょいちょいと招く仕草をする。
「何ですか?」
ベッドへ顔を寄せたシュタインの頬にデスサイズは手を伸ばし、そのまま引き寄せた。湿った、柔らかな感触が唇に触れる。
(え?)
一瞬の混乱を残して、その感触は離れていった。照れたように見上げるデスサイズの表情に、シュタインの目が細められる。
「……珍しいですね。先輩の方から仕掛けてくるなんて」
「ちょっとそういう気分でさ」

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