「マカとの絆が確認出来たから?」
「―――それもあるけど、それだけじゃねえ」
「じゃあ、他になにが?」
そう問われてデスサイズは躊躇った。微かに頬が紅潮し、握る拳に力が籠もる。沈黙が落ちた。
(似てるな、こういうところの反応もマカと)
つい観察してしまう自分に苦笑していると、やがて意を決したようにデスサイズは口を開いた。
「これは―――スピリットからだ」
「はい?」
「スピリット・アルバーンからフランケン・シュタインへのキスだよ」
(スピリット?デスサイズじゃなくて?でもその二つの間に先輩的にはどんな違いがあるっていうんだ?)
普段は過ぎるほど判り易い男だが、たまにデスサイズはシュタインの理解を超える。
「先輩……」
若干混乱しながら、シュタインは問い直した。
「済みません、俺にも判るように説明してもらえませんか?」
「あーもう、めんどくせぇな」
デスサイズの眉間に皺が寄る。
「いいだろ別に。いつもはそっちから勝手にしてくるくせに、こんな時だけいちいち説明させんな」
目を閉じて寝たふりを決め込む。
「せ・ん・ぱ・い」
だが、シュタインがわざとらしく一音ずつ発声すると、デスサイズの表情に脅えに似た色が過ぎった。
「黙秘するつもりですか」
あからさまに口調が変わる。デスサイズが更にきつく目をつぶった。
「だったら、白状するまでキスしますから」
「はあ?なに言ってんだお前、訳わかんねえ―――」
思わず反応したところへ覆いかぶさってきた白衣に、はっとデスサイズは息を呑む。
「下手に動くと痛い目みますよ」
言葉の響きと内容が、デスサイズの動きを止めた。揺らぐ眼差しがシュタインを見上げる。
「止せ、シュタ……」
だが、抗議の声はシュタインの唇に飲み込まれて途切れた。
「う……ん……っ」
デスサイズの咥内に舌をねじ込むと、きつく絡めながら舐め回す。息苦しくなったデスサイズがシュタインの肩を叩いてギブアップするまで、容赦のないくちづけは続いた。
「―――ったく、こっちは怪我人なんだ。少しは労れっての」
上った息の下から、デスサイズはぼやく。
「ちゃんと加減はしてますよ。それより口を割る気になりました?」
デスサイズの口の端から伝い落ちる唾液を掬い取りながら、シュタインは笑う。デスサイズは苦い顔をした。口をへの字に結んで、シュタインを上目使いに見上げる。
「そんなカワイイ顔したって駄目ですってば」
「カワイイとか言うな。目がおかしいんじゃねぇのか」
「正常です生憎」
「いーやおかしいね」
言いながら、手を伸ばしてシュタインから眼鏡を奪い取る。あらわになった淡い緑の瞳が、一瞬デスサイズの動きを止めた。どこかが痛むような表情を、デスサイズは浮かべた。
「……変わらねえな、お前の目の色。ドライマティーニに入ってるオリーブみたいだ」
「ああ、そういえば学生時代にそんなこと言ってましたね。先輩まだ未成年だったけど」
「うるせえ」
憂愁はすぐに消え、苦笑に変わる。
「―――なあ、俺達出会ってからどれくらい経つんだっけ?」
「19年、ですかね」
「うわ、もうそんなになるのか」
デスサイズは嫌そうに顔をしかめた。
「マカと一緒の時間より長いのかよ」
「当たり前でしょ。俺と5年パートナー組んで別れた後に、あんたは結婚してマカが生まれたんだから」
「だよなあ……」
深々と溜息をつく。
「なんなんですか、ほんとにさっきから」
シュタインはデスサイズの手から眼鏡を取り戻すとかけ直した。
もう一度、デスサイズは溜息をついた。目を閉じるとしぶしぶ口を開く。
「……離婚して、親権も取られて、俺とマカの間に何も無くなっちまうのがずっと怖かったんだ。だから、頑張っていいパパになろうとしてた。けど、俺は間違いなくマカの父親なんだって確信したら、今までみたいに必死にならなくてもいいかなって気がしてさ。あんまりマカには通じてないみたいだし……」
「そんなこともないと思いますけどね」
自分の台詞に自分で傷付いたらしく、段々声が小さくなるデスサイズに、シュタインは苦笑しながらそう告げた。マカを溺愛する姿にはいつも苛立たされたが、それでも彼が娘に注ぐ愛情には眩しいものを感じてもいたから。
「……サンキュ」
シュタインの言葉に、デスサイズはいくらか慰められたようだった。柔らかなラインを描く垂れ気味の瞳が、無防備な光を湛えてシュタインを見上げる。晴れた空を映し込んだような、碧い瞳。パートナー時代はデスサイズ―――当時はスピリット―――の方が背が高かったので、こんな風に見下ろすことはあまりなかったなとシュタインは思い返す。
彼が自分にとって、他の誰も代わりになれない特別な存在だと気付いたのは、別れてからだった。
あの黒い刃を振るっていた頃には、別のパートナーによって彼がデスサイズに作り上げられる未来など想像もしていなかった。目の前のこの男が、誰かの夫や父親になることなど。
「―――お前のも、通じてなくもないと思うぞ」
自分の想いに沈みかけていたシュタインは、その言葉に我に返った。
「え……?」
「その、お前の気持ちも、さ。デスサイズじゃなくスピリットになら」
デスサイズの頬が、僅かに紅潮している。
シュタインは目をしばたいた。先刻の彼の言葉が脳内でリフレインする。
(スピリット・アルバーンから、フランケン・シュタインへのキスだよ)
「……ええっと」
シュタインは情報を解析しようとした。数瞬の後、瞳が僅かに見開かれる。
「―――つまりそれは、俺と先輩が両想いだってこと?」
パートナー時代から、身体だけは何度も重ねてきた。それは、放っておけない後輩の無理強いに、お人よしの先輩が流されていた結果のはずだった。
だが、今デスサイズの口から語られた言葉は。
言われて、デスサイズの目が泳ぐ。
「い、いやっっ、お前の気持ちを無碍にするのもどうかなってくらいのレベルで―――」
「でも、少なくとも受け入れてくれるつもりはあるんですよね」
ずい、と目の前に迫ったシュタインに、デスサイズは反射的に身を引こうとしたる。もっともベッドの上に逃げ場は無かったが。
「あ……あくまでも、死武専の先輩として―――」
「でもあるんでしょ」
ますますデスサイズの顔が赤くなる。
「……調子に乗るな」
「乗るに決まってるじゃないですか。先輩がそんな可愛いセリフ言ってくれるなんてね」
「だから可愛いとか言うなって」
「そうですね、訂正します。嬉しい事言ってくれるなんて、に」
生徒達に向ける授業用スマイルとは違う、心底嬉しそうな笑顔。それを見て、デスサイズは複雑な表情を浮かべた。
「それくらいで嬉しいのかお前?随分簡単なんだな」
「ええ、先輩に関してはね。それに簡単なんかじゃ全然ありませんでしたよ」
ふいにシュタインは真顔になった。
視線をデスサイズの胸元に落とす。手を伸ばして、包帯に覆われた彼の胸に直接触れないギリギリの位置まで指を滑らせた。
「―――ずっと、ここにいたかった」
「シュタイン……」
その言葉に、デスサイズは痛みを感じたような顔をした。
「開いてみても、何も見つからなかった。判らなかった。どうやったら、先輩の中に入れるのか……」
細心の注意を払って、傷に障らぬようシュタインの掌がデスサイズの胸に押し当てられた。最初はひんやりとした感覚が、けれど徐々に温もりへと変わる。シュタインが触れているという証に。
「バカ……やろ……」
布越しの体温を感じるだけで、デスサイズの声は上擦った。
「お前なんも判ってねえ……」
「先輩?」
不思議そうに見下ろすシュタインを、泣き笑いのような表情でデスサイズは見上げる。
「お前なんか……最初からいたさ、」
(え……っ)
シュタインは絶句した。動きが止まる。その様子に、淡い笑みがデスサイズの口元に浮んだ。
「知らなかったろ」
「……え……え」
呆然と呟くシュタインに、デスサイズは苦笑した。
「そう……だったんですか?」
「そうさ」
ゆっくりと、胸に置かれたシュタインの手に、自分の手を重ねる。
「お前は、俺の最初のパートナーなんだから」
シュタインの脳裏に、初めてスピリットと引き合わされた時の記憶が甦った。
死神様の隣に立っていた、赤毛の少年。シュタインをひととおり眺めて『男かよ』と呟いた、その碧い瞳に浮かべたやる気の無さそうな光を認めた時に、胸の奥に灯った冥い炎の冷ややかさを今でも覚えている。死神様の指示ではあったものの、すぐにパートナーは解消することになるだろうと思っていた。
だが、軟派な外見に似合わぬ強靭さと、それまで経験した事のない精密な波長のコントロール能力は、シュタインに興味を抱かせた。
その興味が、やがて別の感情に変化していく事にも気付かず。
「――――そうですね。それに関しては、死神様に感謝してます」
デスサイズの、自分に重ねられた手をシュタインは取った。指先に口付ける。
「もうひとつ、先輩を無事に俺のところへ帰してくれたこともね」
軽く食むと、爪を舌先でくすぐった。
「シュタイン……っ」
デスサイズの声が動揺する。
「早く傷を治してください。せっかく先輩から告られたのに、今のままじゃ何も出来ない」
シュタインの舌は、指から掌へと移動した。その感触にデスサイズは震えた。
「告ってねえ……その前に、一発殴らせる約束……忘れんなよ」
声は上擦っていたが、かろうじて強気を装う。
「ええ」
唇で辿りながら、掌に音をたててキスをすると、シュタインはデスサイズの手をそっとベッドへ戻す。
デスサイズはほっと息をついた。
「忘れるわけありませんよ、先輩」
そう言ってシュタインは微笑んだ。そこへ再び鐘の音が響いた。
(本鈴か―――)
「行けよ、シュタイン。お前も授業あんだろ」
デスサイズが扉の方へ視線を向ける。
「……先輩の診察は仕事の一環として、死神様に認められているんですけど」
「俺なら大丈夫だ」
「もしかして、俺を追い出す口実?」
「バーカ」
デスサイズは笑った。
「シュタイン」
「はい」
「行く前に、キスしてけ」
予想外のセリフに、シュタインは目をしばたいた。
「……今日は随分サービスいいですね、先輩」
その様子を見てデスサイズはにやりと笑う。
「勘違いすんな。あくまでもおやすみのキスだ」
「判りました」
おもむろに、シュタインはデスサイズの上に屈みこむ。
デスサイズは目を閉じた。
シュタインの唇がデスサイズの額に軽く触れる。次いで目元に、頬に。そして唇を柔らかく啄ばんだ。
「……ふ……」
微かに漏れた吐息を掬い取るように、何度もくちづけは繰り返された。解けた隙間から舌が忍び込んで歯列をくすぐる。
「ん……っ」
デスサイズは身じろいだ。ごくりと喉が上下する。苦しげに眉がひそめられ、頬が紅味を増す。
「は……あ……っ」
唇の角度が変わる間に、濡れた吐息が零れた。上掛けを掴んだ右手に力が籠もる。それを目の端に留めて、シュタインはゆるやかにくちづけを解いた。
「―――おやすみのキスだつったろ」
潤んだ瞳で睨まれても、シュタインは全く気にしたふうも無くヘラヘラと笑う。
「俺的には、マウストゥマウスもその内に入るんですけど」
「てめえ……」
「まあ、これ以上刺激的なのやって先輩が眠れなくなるのもマズいんで、今日はここまでにしておきます」
もう一度顔を近づけて、今度は軽く触れるだけのキスを落とす。デスサイズは一瞬震え、そして身体から力を抜いた。
「……ちゃんと授業やれよ」
「ええ。放課後にまた来ます。苦しかったりしたら呼んで下さい。先輩の魂なら、どんな時でも俺は感知出来ますから」
真顔でそう告げたシュタインに、デスサイズはくすぐったそうに身じろいだ。
「ああ。判ってる」
応えて、デスサイズは目を閉じる。やはりまだどこか蒼白いその頬にそっと手を滑らせてから、シュタインは立ち上がった。
踵を返すと、足音を立てずにドアへと歩を進める。その背に、デスサイズの声が届いた。
「………待ってるからな」
シュタインは歩みを止めた。声に滲む、僅かに色めいた響きを聞き取って、口元にゆっくりと綻ぶような笑みが広がる。
再び歩み出し、ドアノブを回すと、シュタインは静かに部屋を後にした。
 

 

END
シュタデストップへ
※アニメの最終回を見て、マカが武器の血に目覚めた事をパパが知ったらきっと喜ぶ
 だろうな〜。でも、それでパパが、博士にもっと余裕をもって接する事が出来るように
 なったらいいな、という願望を込めてみました。
 所詮私はシュタデスなので(^^)
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